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アイマイモコ。

広く浅く、ぼんやりと。

アイデンティティー

生き方 人生 音楽 日常生活

どうもこんばんは。

今日はふと感じたことを。
 
人の気持ちが分かる人、分からない人で括られることってあると思う。
分かる人は善で分からない人は悪と考えてしまいがちだ。
 
もちろん人の気持ちが分かったら良いんだろうけれど、そんなに簡単に人の気持ちって理解できているのかなと感じた自分がいるのが正直なところ。
 
人と人が繋がって人間は生きているけれど、人と人が完全に分かりあうことって出来ないと思う。ネガティブな意味ではなくてね。
 
なぜなら、人はそれぞれ生まれた場所や育った環境、積み重なっていく経験、出会った人や教育など様々な要素が絡まり合って生きていて、それぞれの価値観が形成されていくから。
 
親子でも同じ景色を見たり、同じ体験をしても感じることは違うと思うし、兄弟・姉妹でも同じことが言えると思う。
 
BUMP OF CHIKEN の真っ赤な空を見ただろうかという一曲。

真っ赤な空を見ただろうか

真っ赤な空を見ただろうか

  • BUMP OF CHICKEN
  • J-Pop
  • ¥250
  • provided courtesy of iTunes

 

2006年のヒット曲涙のふるさとのカップリングとして発表されたこの曲。歌詞がすごく共感できてBUMPの中でも好きな曲の1つ。この曲の中にこんな一節がある。

 

 

溜め息の訳をを聞いてみても 自分のじゃないから解らない

だからせめて知りたがる 解らないくせに聞きたがる

あいつの痛みはあいつのもの 分けて貰う手段が解らない

だけど 力になりたがる こいつの痛みもこいつのもの

 

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この曲に対して作詞した藤原基央は以下のように答えている。

孤独かどうかの話をすれば、人はみんな孤独だと思ってます。
孤独って言うと詩的な響きのほうで取られやすいけど、単純に現象として孤独だと思ってる。
つま り、ひとり、単一の動物だと思ってる。
どれだけ友達と一緒にいるって言ったって、その友達と同じ心臓で動いてるわけじゃないでしょ? 
どれだけ同じ時間を共有したって言ったって、それを思い出す脳みそは別々の脳みそでしょ?
そういう意味での孤独。

discord、「涙のふるさと」インタビューより

 

その通りだなと納得してしまった。人はいくら家族、友達、学校の先生などに支えられていても結局自分一人が存在しているだけで、相手の考えていること、身体の状態などを感じることは出来ない。

「相手」の気持ちを感じるのは「自分」なわけだから、その解釈が相手の考えていることと一致しているとは限らない。

一人一人考えは違うし、その考えに正解不正解なんてないんだと思う。違って当たり前だし、同じ人間なんて一人もいない。

相手の気持ちを考えるんじゃなく、相手の価値観を感じられていれば別に気持ちなんて分からなくても良いんじゃないかなって思う。

そんなことをふと感じたのでした。ではでは。